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2006年5月

2006年5月20日 (土)

“木簡”とともに発見された埋蔵銭11万枚

 5月19日付けで多くのニュースサイトが競って報道していたのでご存じの方も多いと思うが、福井県の寺の裏山から11万枚あまりの銅銭が詰まった大甕が発見された。
 ニュースを見逃した方に概要をお伝えすると…、
『福井市田ノ谷町の大安寺で、甕に入った古銭約11万5千枚が発見された。同時に「明應九年」(1500年)と書かれた“木簡”も発見された。
 福井県文化財保護センターの発表によると、寺の裏山の猪よけの柵を直しにきていた檀家の男性達が、偶然に斜面から甕の口がのぞいているのに気づき発見したもの。
 甕は口径が約50センチ、高さが約70センチの甕で、中に入っていた銅銭は“永楽通宝”をはじめ“元豊通宝”、“皇宋通宝”など中世に国内で流通していた50種以上で、約100枚ずつ藁でくくられた状態で詰められていた古銭は現在の貨幣価値で計約700万円という』。
 以上概要だ。5月19日付けで一斉に報道されたのでホットニュースかと思ってしまった方もいるかも知れないが、発見自体は4月の12日のこと。発見後、福井市の文化財保護センターで詳細な調査が行われ、ほぼ全容が判明したということでこの時期に正式発表となったというもの。
 この埋蔵銭の発見で注目される点は2つ。まずはその量の多さだ。福井県内で埋蔵銭が発見された例としては越前市森久町の水田から発見された約3万3千枚や一乗谷の屋敷跡からの約3万枚などがあるが、これらを軽く上回り県内では過去最多とか。
 ただ上には上で、大量の埋蔵銭の出土例が多い東日本では、北海道函館市での約37万枚、石川県小松市の約28万枚、新潟県湯沢町の約27万枚などと桁違いに多い。これらのケースで「約」としているのは銅銭の場合長期にわたる地中環境で錆びつき固着“銅塊”となってしまっていることが多いからだ。今回の場合は保存状態が良く、正確な枚数も出ているはず(この時点で全国で12番目とか)。
 それはともかく、もう一つの注目点の方がより重要だろう。それは銅銭と同時に“木簡”が発見されたということ。その“木簡”には「明應九(1500)年七月吉日」という日付と埋めた人物の名前と思われる文字、花押があったという(文字はまだ判別できていないようだ)。このように埋蔵された年代が正確に判明している例は極めて少なく、貴重な資料の発見といえる。ちなみにこの“木簡”から埋蔵されたのは、現在の大安禅寺が建立される以前、当地にあったといわれる田谷寺(泰澄が開いた密教寺)が信長により焼失させられる70年余り前のこと。
 埋蔵理由に関しては「こうした埋蔵銭には、当時、寺が金融機関の役割を果たしていたことに伴う“備蓄銭”としての可能性や、祈願目的で埋めた“埋納銭”の可能性があり、現状では断定できない」(福井市文化財保護センター)とか。いずれにせよ埋蔵年月日が正確に判明したことで古銭の研究家には良質な資料ができたことだろう。
--2006年5月19日

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