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2003年10月15日 (水)

「旧日本軍の財宝」伝説

 アジアの新聞特派員にとっては、なんだかネタに困ったときの“定番”となっている感もあった「旧日本軍の財宝」記事。このところご無沙汰で、久々に目にしたのでこちらも久々に取り上げてみた。
 その記事とは2003年10月15日付けの朝日新聞朝刊に載ったコラム風コーナーの“特派員メモ”。シドニーから、となっていた。

 以下、紙面より。
『旧日本軍の財宝
 浮かんでは消え、消えてはまたぞろ浮上する。「日本軍の財宝」伝説である。
 パプアニューギニアの離島で最近、「旧日本軍が隠した大量の金塊が見つかった」という話が持ち上がった。財政難に苦しむ政府は「本当ならラッキー」と調査隊を送り込み、地元は「よそ者には渡さん、村で山分けだ」といきり立つ。てんやわんやだ。
 現地の事情通は「またですか」と冷ややかだが、ひょうたんから駒もあるから、はなからバカにはできないけれど、この種の話には「カーゴ・カルト(積み荷崇拝)」が関係しているのかもしれない。
 かつて西欧による植民地支配を受けたメラネシアなどには、カーゴは神々がもたらす「外来の富」であり、白人が豊かなのは、そのカーゴを途中で横取りしているからだとの思いが広まった。しかし、神に祈り、熱い思いで待っていれば、いつか必ずカーゴが届けられる-。
 カーゴが「日本軍」と結びつくのは、この一帯が太平洋戦争の激戦地となり、人々の記憶に、西欧植民地勢力の来島と同じくらいの衝撃が刻み込まれたからではないのか。そう言えば、フィリピンでも旧日本軍の「ヤマシタ財宝」伝説が浮かんでは消え、消えては浮かんで、何十年にもなるなぁ。         (大野拓司)』
 以上、紙面から。

 最近の“旧日本軍の財宝”の話題として目立ったのは、21世紀の幕開けとともに伝わってきたタイ西部のカンチャナブリ県での「ニセ国債」事件。山中の洞窟に旧日本軍の財宝らしきものが、ということでタクシン首相も駆けつけた、という大騒動が記憶に新しい。
 現場はミャンマー国境付近で有名なクワイ河鉄橋にも近く場所的にも“山下財宝”にぴったり。で、首相まで巻き込んだ“事件”だけに米国企業の探査衛星まで導入する盛り上がりだったとか。ただ、発見したのが金塊ではなく実はアメリカが金との交換を約束する兌換券や債権の類で250億ドルあまり。ま、それでも“本物”だったら国家財政を潤してくれ万々歳だったのだが、なんと真っ赤な偽物。またまた“山下財宝”のデマ説を勢い付けてしまった。
 1995年のフィリピンのルソン島での“旧日本軍の2トンのプラチナ”事件もフィリピン法務省と国家捜査局までを巻き込んだ末に「実は鉄でした」というお定まりの結果となっている。
 今回の記事で新しいのは“カーゴ・カルト”というキーワード。この“カーゴ・カルト”というのは、記事中にもあるとおり主にメラネシアで信じられている“積み荷信仰”と呼ばれるもの。「いつの日にか祖先の乗った船が、財宝や食料、衣類などを満載して到来する」という千年王国運動にも関連する一種の宗教的認識がベースとなっている。20世紀の初頭、ヨーロッパからの侵略を受けることになったのもこの“カーゴ・カルト”の存在があったからとも言われているという。
 確かに“騒動”にまで発展してしまうにはそういった背景もあるのだろうが、“旧日本軍の財宝”そのものには一切関係がないので念のため。“デマ説”や“詐欺行為”ばかりじゃなく、いよいよ“カルト”にまで結びつけられてしまうとは…。
 歴史的事実の調査や現地探索をくり返し行っている方を身近に知るだけに、もういい加減にして欲しい、が実感。ただのデマや噂だけで国レベルの機関が動くわけがなく、それなりの背景があるので結局はだまされてしまう。その背景をすべて解き明かし“戦後”をきちっと終わらせることが肝心なのでは。

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