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1997年11月 2日 (日)

『小田原城の研究に貴重な遺構発見』

 新聞切り抜き記事
『小田原城二の丸跡確認
元禄の大地震で崩壊・焼失
 小田原市教委は三十日、一七○三年(元禄十六年)の大地震で倒壊して焼け落ちた小田原城・二の丸御殿跡を発掘作業で確認したと発表した。二の丸御殿跡の確認はこれが初めてで、「旧小田原城の全体像を把握し、城郭の保存を図る上で重要な確認ができた」としている。
 小田原城は豊臣秀吉の小田原征伐で北条氏が滅んだあと、一六三三年(寛永十年)の大地震でも大きな被害を受けた。この前後の城主だった稲葉正勝、政則によって、本丸、二の丸、三の丸など、最大規模で城の整備が進んだという。
 その城郭が関東大震災より大きかったとされる元禄大地震で「天守閣は崩れ類火、本丸御殿残らず崩れ類火、二の丸館、三の丸侍屋敷も残らず崩れ、類火」の被害を受けた。城主は大久保忠増の時代。
 市教委は、城内の旧小学校跡地で、約百四十平方メートルを発掘調査したところ、深さ六十センチから一・八メートルの深さまでの傾斜地に、建物の焼けた跡である赤茶けた土の層があるのを見つけた。その上部には、一七○七年(宝永四年)の富士山の噴火による火山灰層もあった。』
(1997/10/31付け朝日新聞)

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