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1997年10月16日 (木)

『秀吉の“もう一つ”茶室の遺構が発見される』

“秀吉の茶室”と言えば例の黄金の茶室があまりに有名だが、あれはあくまで、秀吉が財力、権力を誇示するための表向きの看板で、わびさびの千利休の第一の弟子といえる秀吉にとって、本当の意味での茶道の神髄をちゃんと解していた、と見る向きも多いのでは。その裏付けともいえる“もう一つの”茶室の方の遺構が佐賀県は名護屋城跡から発見されたというニュースが入っている。
 佐賀県教委が十六日発表した内容によれば、名護屋城の一郭に独立して建てられた四畳半程度の「茶室建築史や茶道史上、極めて重要な草庵(そうあん)茶室と見られる柱の跡などがこのほど確認された」という。もちろんこの発見は初めてのことで、またこの形式の茶室の遺構が発見されたこと自体も初めてなのだそうだ。
 佐賀県鎮西町名護屋にある名護屋城といえば、秀吉が朝鮮出兵の拠点として築かせた問題の城で、一五九一から九二年まで、それはまさに出兵を強要される各地の大名にとっては忌み嫌うべき対象でもあったといえる。今回発見された茶室はもともと屏風(びようぶ)絵や文献に描かれていたもので、存在自体は推定されていたが、特定するに足りる物的証拠が探られていた。
“黄金の茶室”も惹かれるが、文化財的には同等の価値がある“普通の茶室”の遺構の発見と言えそう。
(1997/10/16佐賀県教育委員会発表から)

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